
著:たくみ けいすけ
少年時代
第07話 二一匹
「もう、止めよう」と思った。しかし、フライタックルを準備するのにかかった費用は、私の給料の割合から計算してもかなりの比率を占めていたし、費やした時間だってもったいない。
勿論、お金や時間だけの問題ではないのだが、自分にはどうしても、この少々気取った釣りの方法を習得するのは、無理な気がしてならなかった。
相変わらず単調な生活を送っていた私。
独身であるがゆえ、夜は喋る相手もいないし、電話もなかったので、本当に部屋の中は静かなものであった。
家に持ち帰ったプリントの採点をしたり、次の日の仕事の準備をするのが唯一の日課となっていた。
ただ、いつもテレビだけはスイッチを入れていた。
その頃、深夜、大橋巨泉氏が司会していた「イレブンPM」という娯楽番組があり、なかでも、釣りのコーナーの放映に、私は大変興味を覚えた。
紹介される釣りの殆どは、金も時間もかけられる人でないとできないような内容だったのだが、カナダやアメリカのフライフィッシングの放映になると、私は食い入るように画面を覗き込んだ。
もちろん、キャスティングを見つめていた。
つまり、フライキャスティングを映像として取り入れることのできる唯一の手段が、この番組だったのである。
そして、諦め掛けていた私の心を、美しく宙を舞うフライラインが慰めてくれるような気がするのだった。
春、3月末。前々から行ってみたかった宮崎県は椎葉、尾前川に私は一人で向かった。
昔のままの森や渓谷の脇をガタガタと縫うように走る椎葉林道。椎葉に辿り着くまでの数時間、身体に伝わる振動が妙に懐かしい。
林道も途切れ、アスファルトの細道に変わる頃、左手にはいかにも大物が巨大な口を開けて潜んでいそうな好場所が展開していく。
そこは、満々と水をたたえた尾前川なのである。
私は、支流である水無川と本流の尾前川の合流地点の橋の上に立ち、何処をどのように攻めるべきか、自分なりの作戦を立てようとしていた。
目の前に広がる椎葉の風景は、想像していた以上に豊富な水量と巨石が点在し、私のやる気を簡単に圧倒してしまいそうな迫力があった。
しばらく、鳴り響く水音に耳を傾けていたのだが、思いきって、まずは下流へ車を走らせ、練習に練習を重ねてきた私のフライフィッシングを試してみることにした。
実際のフィールドでロッドを振るのは初めてだったので、広い場所を選択した方がいいだろうと、私はそれだけの理由で下流へと向かった。

多少の期待はあったのだが、結果は散々で、まずは、フライが枝に絡まる。
次に、キャストしているのだけど、すぐフライが手前に流されてしまうので、飛んだ気がしない。
最後に、浮くはずのフライが沈んでしまうといった具合いで、全く釣りにならなかった。
諦めと失望だけを背負って、私は3月の肌寒い日中、汗だくになりながら、谷を後にした。
フライをキャストする際の目標設定が曖昧だったし、ループも乱れ、ナチュラルドリフトとラインリトリーブもいい加減だった。
今思えば、自分自身のいろんな初歩的なミスを簡単に指摘することができる。
つまり、私が、がむしゃらにロッドを振り回し、焦り、力み、単に悪循環を生み出していただけに過ぎなかった。
精神的にも肉体的にも疲れてしまった私だったが、温かい缶コーヒーても飲みながら、私はなんとか立て直しを図った。
「実績のある、餌釣りに徹するしかない」
本流を釣り上ると3時間ほどで、次々にヤマメの姿。
数えてみると21匹。
腰にぶら下げた竹籠はずつしりと重く、指先に伝わる魚信に私はこたえられない快感を覚えた。
その後、尺ヤマメも現れてくれたし、釣りに行くたびに魚は私に付き合って遊んでくれた。
その頃から、私は心の中にある、なんともすっきりしないもの、フライで魚を釣らないと、どうしても自分で自分が情けないような気がしてならなくなった。
そして、この頃からフライフィッシングとどう向き合うかが私のテーマとなったわけである。
この気持ち、釣りの心得のある方ならばご理解いただけると思うのだが。21匹の可愛い魚たちを乱獲してしまった反省の意味も込めて―。