待ってろよ、魚たち。
著:たくみ けいすけ
 
1984年
 第11話 禁漁
写真021この年の夏、私は渓流でのフライフィッシングは、空中でのラインの流れもスムーズで、狙ったスポットにフライをかなり正確にキャストする事ができるようになり、ある種の余裕のようなものを感じながら谷川を歩けるようになってきていた。

魚を釣る事より、キャストする事の方が楽しくもあり、スリリングで、猫の額ほどの狭いスペースを狙ってロッドを振り続ける動作に快感を覚えた。

釣りづらいポイントを積極的に見つけ、邪魔な流れと障害物を避けながら攻略法を考え、回り込んだり工夫したキャスティングをくり返したりして、克服していく。

魚は望むほど釣れなかったのだが、フライフィッシングは日常の煩わしさを自然に忘れさせてくれていた。

結果は後からついてくると信じ、私はロッドとラインを操作する事に全神経を集中させた。

集中力という言葉があるが、フライフィッシングでのキャスティングやフッキングを上手くこなすための必要不可欠な要素が、この力 なのかも知れない。


私は夢中に投げ続けた。


しかし、フライフィッシング関係の雑誌を見ていると、私にとってまだまだ修得すべきテクニックと課題は、頂上が見えないほど山積みされていた。

克服しつつあるように前述したが、この頃の私にとって、どうしても釣りづらい場所があったのである。

脳裏には、はっきりと大ヤマメが悠々と泳いでいる姿が映し出されているというのに、手も足も出ない。


ラインは失速し、私は歯ぎしり状態に陥る。


私の目の前には巨大な要塞となって、ゴーゴーと水しぶきをあげる堰堤が迫っていたのである。

全国どこに行っても、渓流には堰堤、砂防ダム、滝壺といったたぐいの物がある。

一日釣りをしていると必ず、何度が釣り人の行く手を遮る。

当然、魚も進路を絶たれ、その下に広がるプールに住みついてしまう。

堰堤をどう攻略するか、水飛沫にともなう向かい風、波立つ水面、ロングディスタンス。

私の未熟なキャスティングテクニックでは、攻略すること自体絶対無理だし、不可能なのである。

だが、この頃の私は、小さな落ち込みや鏡のポイントを気楽に釣り歩くだけで、十分満足していたのである。

谷に入り、ポイントを前にしてフライをキャストする場合、5〜6ヤード以内の離れた距 離からロッドを振り始める事が、私の場合最も多かったように思う。

川の状態によって接近の仕方は違ってくるのだが、できるだけ静かに低い姿勢で近づき、ここぞと思うスポットを慎重に狙う。

つまり、5〜6ヤードキャストすれば釣りが可能になったわけである。

また、リーダー、ティペット、フライが何とか直線的に着水してくれるようになったきっかけは、ふとした手首の動きからだった。

短いラインを頭上でフォルスキャストし、最後にロッドを前に振り下ろしてフライを飛ばすわけだが、私はロッドを振り下ろした後少し手首を元に戻す動き、つまりロッドを気持ちだけ上に向ける動作を入れてみた。
写真022
すると、なぜか上手くいく。

力みは禁物である。

パワーに欠ける私のラインは、最後にロッドを手首で戻す事によって、いわゆるホールを加え、力を取り戻しフライを運んでいってくれていたのである。

自己流のフライフィッシングだからこそ、物理的な理屈など私は全く考えもしなかった。 

そして、私が一番苦しんだのが、小ヤマメとの空中戦であった。

物凄いスピードで水面から空気中に5cm、ある時は20cm以上も飛び上がり、ヤマメはフライを襲う。

魚体の全身が見えて、とても面白いのだが、フックサイズを小さくしたりフッキングのタイミングをずらしたりしてもだめで、どのようにして釣ったらいいのか分からず、腹が立つほどだった。

いい加減、このような小ヤマメの動きに疲れてしまった私は、ある日魚がドライフライを襲っても合わせたりせずに、フライを放置したままにしてみた。

そして、私は、小ヤマメがフライの存在に反応してジャンプしているだけで、実際はフライを全然くわえていない事実に気づくのだった。

フッキングする場合もあるのだが、今も私はこの現象の解決に至っていない。

9月は駆け足でやってきた。

9月と聞いて、渓流を愛する人の念頭に浮かぶ事は、もうすぐ禁漁になるという淋しい気持ちと、産卵期前の良型ヤマメが、丹念に巻いた自慢のフライにガブッと出てくるシーンではないだろうか。

9月22日、私はホームグラウンドの川原川へ、そんな夢を抱きながら足を運んだ。

私にとって今年最後の渓流は、早朝6時の日の出より始まった。

盛夏に比べ水量も落ち着き、この日の水は冷たく、辺りには濃い霧がかかっていた。

フライを流すと、すぐに10cm級のヤマメが2匹アタックしてきたが、例の空中戦のため、またもや失敗。

白草川との合流点までに4〜5回魚は出たのだが、ミスの連続。

左に折れ、白草川へ釣り歩くと、いきなり20cm級が出たのだが、素早い小ヤマメに遊ばれていた私は、つい早アワセになってしまい、これも失敗してしまった。

本流の川原川に戻り、また魚が出たのだがティペットが傷んでいて、アワセと同時に切れてしまった。

なんとか14cmのヤマメをブラウンセッジの14番でフッキングさせる事ができたのだが、この可愛い一匹の魚が、私のこの年の渓流を締めくくる結果となってしまった。

その後も数回出たのだが、11時を過ぎると、嘘のように魚の気配は何処か遠くへ消え去ってしまった。


現実はやはり厳しいものである。


春までこの地に立つ事もない。これから半年、どのようにしてフライフィッシングを続けようかと、私は思い悩みながら谷川を眺めていた。

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