
著:たくみ けいすけ
1985年
第16話 魚拓
せっかく詳しく分析したのに、どうしても結果はついてこなかった。しかし、目先を変えるのも、私たちの元気な証拠。
2月末、私たちは寒い中、北九州は若松運河へ向かった。
訳は単純。
スズキが掛かったと新聞に書かれていたからである。
しかし、いや、当然と言ってもいいかもしれないが、ルアーをいくらキャストしても、虚しくなるばかりだった。
釣れない事にはすっかり慣れているはずの私だったのだが、最後の一投のルアーが引き寄せられ、目の前の薄明かりに照らされた時は、やはり悔しさを隠せなかった。
私と会長は車の中で、なぜ釣れないのか、空虚な話を延々とくり返した。
どちらが言い出したのか「飯でも食おう」という事になった。
二人とも腹はペコペコだった。
郊外のレストランで食事を済ませ、空腹を解消すると、帰り道釣具店を見つけ、それとなく立ち寄った。
店のドアを開け、私たちはルアー用品のコーナーへと進んだ。
「いらっしゃいませ」ずらっと並べられたプラグの列が見えてくると、その奥の壁に大きな魚の魚拓が数枚、額に入れて飾ってあるのに、私たちはハッとさせられた。
「スズキだ。」
私たちは魚拓だけを見つめ、まるで白黒の大きな魚に吸い込まれていくように引き寄せられた。
魚拓には日付、時刻、釣り人、現認者、そしてヒットルアーがはっきりと墨で書かれている。

私たちの表情に、羨ましさと喜びが久しぶりに沸いてくる。
ちゃんとルアーでスズキを仕留めている人がいたのである。
魚拓の左上には紫川と書かれている。
「あんな所で!」
会長は紫川をよく知っていた。
紫川は北九州市小倉区の中心を流れていて、工場が建ち並び、廃液等の影響で昔は醜い状況だったというのが、会長の幼い頃の記憶であった。
「あんな所で釣れるのか?」
会長は昔を思い出し、けげんな顔をしている。
私は会長の顔をチラチラ眺め、しばらく魚拓の前に腕組みして突っ立っていた。
その時、入り口の方から一人の男性がニコニコしながら歩み寄ってきた。
長身で40歳ぐらいのその男性はたいへん気さくな性格で、顔見知りに話すような口調で、私たちが先ほどから眺めている魚拓の説明を始めた。
そして彼は、私たちが喉から手が出るほど欲しかったスズキの情報をあっさり話してくれたのだった。
紫川のポイントと条件が私たちの脳に突き刺さった。
「よし、行くぞ。急行だ。」
私たちはそのまま有料道路をぶっ飛ばした。
目指すは紫川・住友金属前。
到着してまずビックリしたのは、10人程のルアーマンを見かけた事だった。
私たちの先輩がたくさんいる。
スズキを掛けたところまでは目撃できなかったが、絶対ここで釣れると私たちは確信した。
また、私たちがウロウロしていると、住友金属の守衛の方から「今日は釣れる?」と声をかけられた。
逆に私たちが、ここで本当にスズキが釣れるのか云々と尋ねると、「よく釣れるよ」とあっさり答えてくれた。
守衛の男性は、毎日仕事をしながら紫川を眺めているわけだし、私たちは疑う余地もなかった。
「絶対釣ってやる」
私たちは、晴々とした気分で意気揚々と紫川を引き揚げた。
釣具店で会った男性に、私たちは今でも感謝している。