
著:たくみ けいすけ
1985年
第21話 電光石火
3月に生まれた長男も、日に日に大きくなってきた。父親になった実感をはっきり感じる事はできなかったが、妻と3人で生活するようになって、私の時間の使い方は大きく変化し、子育ての楽しさや大変さの方が、父親になった感覚よりも私に多大な影響を与えた。
気の向くまま自由に釣りに出かける事は、当然不可能になった。
ヒートアップしていたルアーフィッシング熱も、3ヶ月の冷却期間を通してだんだん冷め、すでに季節は真夏を迎えようとしていた。
久しぶりに、蒸し暑い街並みを避け、私は涼しい渓流を訪れたい衝動にかられた。
およそ10ヶ月ぶりのフライフィッシングである。
7月26日、私は熊本県は菊池の迫間川に出かけた。
中山の神社下より入渓し、魚止めの砂防ダム付近まで釣り上がった。
里川の雰囲気を抜けると、素晴らしい渓相が続く美しい川である。
まだ薄暗い午前5時に私は入渓し、キャスティングを始めたが、フライをくわえてくれるのはハヤばかり。
時折出るヤマメの素早さに、私の反射神経は付いていけず、この日は結局、魚を釣る事は出来なかった。
やはり、私にとって10ヶ月のブランクは大きかった。

悔しさを胸に翌日の午後、私は菊池川本流の水源付近へと向かった。
念仏橋より川に入り、しばらくキャストをくり返すと、午後5時ごろになって大きなヤマメが、14番カディスにヒット。
フッキングがあまく、なんとか砂の上に落とすのだが、すでに私のドライフライは魚の口元にはなく、必死にもがく魚を捕まえる事もできず、とうとう水中へと逃がしてしまうのだった。
その後、何のアタリもなく夕マズメを迎え、先程、この日唯一ヒットしたポイントに戻り、もう一度慎重にフライをキャストしてみようと私は考えた。
谷は周りを木々に覆われ、すでに狙ったスポットは暗闇に変わろうとしていた。
私はラストチャンスにかけ全神経を、白く浮かぶドライフライに集中させた。
そして、14番ブラウンセッジにパシッと出た魚は、パーマークの美しい元気な20cmのヤマメだった。
今期初のヤマメの姿に私は感動し、ほっとした気分で暗い谷を後にした。