
著:たくみ けいすけ
1986年
第24話 興奮
正月、O氏からの年賀状が、この年も私のもとへ届いた。勿論、迷惑をかけてしまった私から差し出した便りの返事である。
一枚のハガキなのだが、私にとって新春早々素晴らしいプレゼントを貰ったような思いがしていた。
裏には「アカメ軍団」の方々の集合写真が印刷されており、よく見ると、釣り雑誌でしばしば拝見する方も一緒に肩を並べている。
ブラックバスでお馴染みの徳永兼三氏と、海のルアーが似合う北村秀行氏である。
また、文面には、紫川や「ヤマメ研究会」の活動についても、その後どうであったか、気を遣って書いて下さっていた。
不調のどん底にあえぐ私にとって、返す言葉もなかった。
さて、時を持て余した釣り人は、しばしば道具に走るものである。
カタログや雑誌の折り込みには、欲しいタックルがずらりと並び、見るだけでも楽しいものである。
釣具店に立ち寄れば、タックルの選定にも財布の中身と相談しながらも、つい空っぽにして帰宅するものである。
1月、私は9ftのシーバス用ベイトキャスティングロッドを購入した。
これも、O氏の影響である。
今年は、このロッドでスズキをバシッと釣るぞと、家に帰りリールをセットしてみる。
単純なのだろうか。
新品のロッドを握りしめると、先日までの不調が嘘のように消えていった。
1月8日、私たちの紫川が、今年も胸高鳴らせて始まった。
私と会長は、大きな期待感を膨らませ、住友金属の前に立っていた。
しばらくキャスティングをくり返していると、昨年この川を教えてくれた男性と会った。
彼は、私たちの事など記憶にないようだったが、私たちははっきりと彼のことを覚えていた。
話好きの彼は、早速近づいてきて、私たちに紫川のスズキのことを、川を眺めながら語り始めた。
話によると、昨年の秋から冬にかけて、彼はかなりの数のシーバスをかけていた。
彼の話と、私たちの実績は、天と地の差があった。
おまけに彼は、この時50cm程のシーバス2匹を「まだ、小さいね」と言いながら片手にぶら下げていたのである。
たくさんの魚と出会い、川を知り尽くしている人だからこそ語れる風格を、私たちは感じた。
そして、話が一段落すると、彼は「じゃあ」と軽く右手を挙げ、さっさと何処かへ消えてしまうのだった。
ところが会長は、彼のシーバスを見て、身体の力が一瞬抜けたのか、左手に持っていたギャフを川の中に落としてしまった。
魚を釣り上げるどころか、ギャフを川にプレゼントして、私たちは初釣りを終わった。
可笑しくて、しばらく私は笑いが止まらなかった。
1月10日、11日、13日と粘り強く紫川に会長と私は通ったが、橋げたにルアーをぶつけ、リップが飛んでしまったり、バルサがはみ出してしまったりで、キャストすればするほど損失がかさむだけで、いったい何をやっているのか、自分を見失うだけだった。
紫川、いや、シーバスを知ったお陰で、悔しいけれど私たちは、釣れないことに対してびくともしない精神力を身に付けた。
さすがに、釣り場からの帰り道の車中では、終始無言状態が続くものの、私たちの回復は早かった。
釣りたいがために、やっぱり同じ場所を訪れてしまう。
寒さや疲れと闘いながら、がむしゃらに竿を振りまくる。
「風呂に入って、酒でも飲んで、釣りなんか行かず寝てればよかった」と思った日もあった。
しかし、なかなか釣りは止められない。
止めろと言われても、私が決して自分自身を止めさせない。
その後私たちは、約一ヶ月静かな日々を送った。
会長と私が紫川へ出向いたのは、2月9日の日曜日だった。久しぶりに川を前にすると、なんだか新鮮な感じがする。
キャスティングを始めると、川は生きているかのように、みるみる潮位を高くした。
満潮は22時11分。
1時間程やったがヒット無し。
住友金属前では釣れないと判断した会長は、ただひとり上流へと移動した。
私は動かず、その場でキャスティングを続けた。
他に誰もいない。
会長が去って、私は黙々とロッドを振り、ロッドの先端を見つめていた。
すると、50cm程のシーバスが上流へと泳いでいる。
「いた、いた」と私は心の中で大声を張り上げ、俄然やる気も沸いてきた。
そして、20時45分、念願叶って約一年振りのシーバスが、私のベイトキャスティングロッドを曲げてくれたのだった。
O氏の後ろ姿を思い浮かべながらヒットさせた、久しぶりに嬉しい55cmだった。
会長はこの日、ノーヒットに終わったのだが、先日の男性が橋げた狙いで40cm級を2匹釣っていたことと、高校生が90cmを掛けたものの、ラインを切られランディングに至らなかったことを、私への土産話に持ち帰ってきた。
この潮は、シーバスを運んでくれていると、私たちは確信した。
2月11日も私たちは紫川へと向かった。
この日に限っては、一寸の疑いもなく、私たちは全身が自信と闘志の塊と化して、キャスティングへと移った。
つまり、この日は大潮で潮位も高く、9日の状況と情報を照らし合わせても、私たちに釣れない要因は見つからなかった。
魚の通り道を確実に狙い撃つことだけを実行すれば、必ずやシーバスを手中に納める事ができると、私たちは絶対に崩れない仮説を打ち立てていた。
川の水量は、分刻みで増え、リーリングするラインとルアーが上流へと押し流される。
ものすごい勢いで、熱い潮が押し寄せて来ていた。
いつもは静かな紫川が、波うちながら騒いでいる。
胸騒ぎが止まらない。
「きた!」突然、会長が吠えた。
私の隣で、今までになく会長が興奮している。
会長はドラグを調整しながら、間違いなく大きな魚とファイとしている。
ロッドは曲がったままで魚はなかなか寄ってこない。
2分ぐらい経っただろうか。
やっと水面に姿を現した奴は、70cmの立派なシーバスだった。
私は彼の魚をハンドランディングし、祝福のガッツポーズを全身で表現した。
21時25分、興奮の覚めぬ彼の表情と一年振りのシーバスを、私は記念としてカメラにしっかりと納めた。
70cmのシーバスは、決して大きな魚ではない。
たくさんの魚達と出会っておられる釣り人の方々から見れば、おかしな二人として映るだろう。
私たちは、本当に釣れないルアーフィッシャーマンであるということを前提に考慮して頂きたい。
一方私の方は、仮説通りに展開できず、少々寂しい思いは隠せなかったのだが、この日ばかりは細かいことは考えず、とにかく相棒に掛かったのだから、良しとした。