
著:たくみ けいすけ
1986年
第28話 ウグイ
匹見峡での悔しさを胸に、私が馴染みの川原川へ出かけのは、残暑の厳しい夏の終わりの午後だった。釣り場に到着したのは、わずかに正午を過ぎたばかり。
蝉の声だけが騒がしく、川は静かに流れていた。
なだらかに傾斜した崖を下り、岩の上に腰を下ろして川に目をやると、大きな渕には、20〜30匹のウグイの群れが静止画像を見るかのように列を乱さず泳いでいる。
どれも、尺はありそうな立派な体形をしている。
偏光グラスをかけ煙草をくわえ、じっとウグイの群れを眺めていると、一匹だけヤマメが混じっていることに私は気がついた。
他の魚よりも体格は劣るものの、あの美しい体色は、私の神経を瞬時に引き締めた。
私は早速、斜面を斜め下流へ向かってゆっくり下り、日中でも有効なスピナーをセットした。ウグイの群れと一匹のヤマメが、私の目にはっきりと見える。
まるで枯れ葉を水中に整然と並べたように魚たちは動かず、水中をのんびり泳ぎ、昼寝でもしているかのように思えた。
私はウグイの群れの先、2〜3mにルアーをソフトに着水させ、リーリング開始。
勿論狙いはヤマメである。
スピナーはウグイの脇を通り、ヤマメに近づこうとした時、ヤマメは岩影に素早く回り込み、その後何度も引っ張り出そうと誘ってはみたものの、二度と姿を現してはくれなかった。
さすがに敏感で臆病な魚である。
しかし、このウグイの集団は、いったい何をしているのだろう。
頭上から何度もルアーの爆弾が落とされ、体の横をかすめるように尖った金属片が通過しているというのに、全く動じない。
ヤマメを諦め、私はしばらくの間、奇妙なウグイの群れを煙草をふかせながらじっと見ていた。