
著:たくみ けいすけ
1987年
第33話 ヤマメ
春、3月。
待ちこがれた渓流の解禁。
私は毎年、解禁のニュースを耳にするたび、春を意識する。
そして、3月初旬、私は二度ほど川を訪れるチャンスに恵まれた。
いくら九州とはいえ、川を流れる水は刺すように冷たい。
本当は、冬の間丁寧に巻いたフライを試したいところなのだか、小雪もちらつく解禁当初。
フライに魚が出なかった時の悔しさを考えて、私はルアーロッドをトランクに積み、半年ぶりの渓流をめざした。
結局、落ち込みの下でリリースサイズのヤマメが一匹掛かっただけに終わったのだが、谷川を歩いていても、面白さに欠ける。
冬の江川ダムでの惨敗がひびいている。
釣りたい魚を望み通りにできない、言葉に表現しようのないいらだち。
渓流を歩いていても、私はダム湖のマス族のことが気になって、どうしても頭から離れずにいた。
そんな私が江川ダムへ向かったのは、3月22日の日曜日だった。
これまで、ほとんどのポイントへ私なりの仮説をもとにキャスティングに励んだのだが、全ては覆された。
朝早く起きて、一日疲れた釣りをして過ごすのも馬鹿らしくなり、この日は普通に起床して、迷わず馬の瀬に車を走らせた。
天候は曇り。 午前9時、またこの日もでっかい水溜まりとの戦いが始まった。
1時間ほど投げ続けると、そろそろ私の悪い癖が顔を覗かせた。
「今日もだめかな」両手が自動的に動きだし、私は煙草に火をつけた。
そして、ロッドを石の上に立て掛け、私も地面にゆっくりとしゃがみ込んだ。
しばらくの間、空白の時間が流れる。
気を取り直すと、第二ラウンド開始である。
すぐさま、午前10時20分、30cmのブラックバスがヒットした。
落胆している時のブラックバスは、いかめしい表情をしているものの、やっぱり私を何となくホッとさせてくれるのだった。
そして、その1時間後、12mのシルバー系のスプーンを襲ったのは、何と17cmのヤマメだった。
ヤマメは、表層のスローなリーリングに、私から5m程のシャローな水域でルアーをひったくった。
そして、陸上という、未知の世界に引きずり出されたヤマメは、口から一匹のワカサギを吐き出した。
つまり、私が江川ダムで初めて釣った、分類上立派なマス族は、可愛らしいヤマメだったのである。
渓流に行けば、すぐにお目にかかれそうな魚を、私はこのダムでやっと釣ることができたのである。
魚を手中にした嬉しさより、むしろ、このダム湖から魚を引き上げたという喜びがこみ上げてきた。