
著:たくみ けいすけ
1987年
第37話 ファーストヒット
椎葉では、「ヤマメご飯」は食べられたものの、私たちの期待を大きく裏切る結果となった。
しかし、釣りに関しては、幼なじみのような間柄である会長と共に歩いた谷川でのキャスティングや、さまざまな出来事は、懐かしいエピソードとして私ははっきりと今も覚えている。
この時、会長と私は、年に一〜二回、今後も釣りを共にすることを約束して、椎葉を後にした。
さて、待ちこがれていたお楽しみが終わると、私には、昨年同様釣りの厳しい現実が待ち受けていた。
宿敵江川ダムとの戦いである。
連戦連敗も辛いので、当分の間、気晴らしに山神ダムのブラックバスで遊んでもらって、新鮮な気持ちを取り戻しながら、私は結果の出ない江川ダムへ通い続けた。
私が、トップウォーターでのバスフィッシングの面白さを十分体感できたのも、この頃だったように思う。
9月9日、T氏と私は、夕涼みを兼ねて山神ダムへ向かった。
夕日が私たちの首筋を照らし、まだ暑さの厳しいマズメ前、T氏の様子が急変した。
T氏にとって、ルアーフィッシング体験九度目での初めての快挙が、突然のハプニングとして目の前で展開されようとしていた。
もともと、ほとんど釣る気のないT氏だったが、決まって自分にだけ毎回獲物がないとなると、いくら魚釣り等どうでもよい性格であろうと、苛立ちを感じるだろうし、いやにもなる。
その証拠に、釣りに行こうと私が誘っても、回数を重ねるたびに、だんだん彼の表情は険しくなっていくのだった。
まあ今回は、山神ダムのコンディションも良かったし、なんとかT氏に釣ってもらいたいと、私は強く願っていた。 使用ルアーは、最も信頼のおけるスピナーベイト。
30分ぐらいキャストをくり返していただろうか。
魚がヒットするのは、いつも唐突だと分かっていながら、彼の様変わりの激しさには大変驚かされた。
日頃、物静かなT氏自身の口元に、まるでフックが突き刺さったかのように彼は自分を見失った姿をさらけ出した。
側で見ていて、私は嬉しくもあり、とにかく可笑しかった。
彼の人間性までも違って見えたからである。
一匹の魚の威力とは、凄いものである。
T氏が落ち着きを取り戻した頃、私は彼にファーストヒットの感想を尋ねてみた。
まず、いつものようにルアーが障害物に引っ掛かったと思ったらしい。
ところが、ググッと来たので、「これは、違う」と感じ、興奮したそうだ。
魚体が見えた時、「やった、釣れたぞ」と思い、私の名前を叫んでいた。
陸に上げる際には、糸が切れないように祈りながらのランディングだったと、彼は事の一部始終を笑顔で話してくれた。
「こんなに喜んでくれるとは」T氏の感動は、私の喜びとなった。