
著:たくみ けいすけ
1987年
第38話 ボイル
T氏の笑顔を思い浮かべながら、私が再び江川ダムを訪れたのは、9月15日の晴れた朝だった。
水温も22度に下がり、期待の持てる季節になってきた。
雑誌で目にしたニジマスの写真や、釣具店に飾られていたブラウントラウトの剥製が脳裏をよぎる。
日もだんだん高くなり周りを見渡すと、数人のルアーマンが無心でキャストしている。
ライズはあってもヒットはない。
みんな肩を落として坂道を登って行く。
9月23日も私は、テープを再生するかのように、同じ場所で同じことをくり返していた。
何の変化もなく、退屈な釣りは、非常に面白くない。
フィールドでは満たされそうにない心を、私は何とかしようと再びハンドメイドルアーの製作に取りかかった。
今度はトラウトを意識してのリアルミノーである。
リアルだから、本物らしく完成しないと意味がないし、そのためには、ボディラインやアルミホイルの鱗模様、そして塗装に関するまで、細心の注意を払わなければならず、試行錯誤に私は時間を費やした。
10月5日は、出来上がった4個のミノーのスイミングテストに出かけた。
その内の2個は、自分ながら素晴らしい出来ばえで、飛距離も出たし、一投目で3匹のブラックバスを水中から誘い出す程の威力を見せてくれた。
10月18日は、江川ダム馬の瀬へ、完璧に仕上がったミノーを持って朝早く出かけた。
到着して、ふと右手に目をやると、ストリンガーが置き去りにされたままになっている。
びっくりしたことに、ストリンガーの先には、30cmを超える色鮮やかなヤマメが腹を割られてつながれていた。
普通ヤマメは、時間の経過とともに色も落ちるのであるが、水中に置かれていたせいか、この魚には、パーマークがまだはっきりと残っていた。
しばらくして、少年が二人、誰かの代理で、置き去りにされた見事な魚とストリンガーを取りにきた。
私は、二人の少年に話をしようとしたのだが、彼らはさっさと坂道を登って森の中へ消えていった。
この日の湖面は騒々しく、盛んにライズがくり返されていた。 馬の背のすぐ左手の崖下のポイントにも、私と同じような動作をくり返す二人のルアーマンの姿があった。
そして、午前8時過ぎ、一人が突然大声で叫びだした。
私もリールのバンドルの回転を止め、声の方を振り向いた。
「ワカサギ、ワカサギ。
ほら、ブラウン、ブラウン!」 見ると、遠目で正確にはつかめなかったが、畳2枚程の面積が白く盛り上がり、泡立っているのである。
まさしく沸騰状態。
二人のルアーマンの近くでボイルが起きているのである。
ブラウントラウトの群れにワカサギの大群が追われ、水面でパニック状態に陥っている様子が、私の立つ位置からもはっきりと確認できた。
しかし、残念な事に、私のルアーの到達範囲を遙か越えた地点での出来事であった。
二人のルアーマンにとっては、なんとか届きそうな距離だったので、必死に全身のパワーをロッドに託し、超ロングキャストを試みている。
私は、しばらく高見の見物を決め込んだ。
二人ともうろたえていたのか、なかなか思うようにルアーが飛んでくれない。
最悪にも、一人が力を込めてバックに振ったロッドが、もう一人の顔面に当たったらしく堪らない。
それでも、キャストを続ける二人だったが、ボイルはだんだん遠くへと静かに消えていったのであった。
専門書や雑誌の中で、たまに見かけるボイルという言葉。
まさか目の前で発生するとは思いもしなかった。
江川ダムに通い始めて18年の時が流れた現在においても、たった一度しか見たことのない20分間の出来事。
私は、激しく沸き立つ湖面の盛り上がりと、懸命にキャストする二人のルアーマンの姿が目に焼き付いて、今も昨日のことのように、水面での異常現象をはっきりと覚えている。
その後も11月1日より8回、私は新聞配達のバイクが自宅へ来る頃、車のエンジンをかけ、江川ダムへと向かった。
さすがに、冷たい雨の日の帰り、辛い坂を登る時は、ロッドをへし折ってやろうかと思ったし、微熱を我慢して釣りに出かけ、その日の息子の七五三参りにも行けずに床にふせていた私を、みんなはどんな目で見ていただろう。
ここまで、私を駆り立てたのは、あの日のボイルに他ならない。