
著:たくみ けいすけ
1988年
第41話 6月4日
5月になると妻のお腹は一段と大きくなり、6月を迎えていた。予定日も近い。
長男の時の苦い経験から、今度はあの時のような失敗をしないと、私は決めていた。
川原川を最後に、釣れる釣れないなんて考えている場合ではない。
生命が誕生するのである。
家族がひとり増えるのである。
長男に弟か妹ができるのである。
私は、今までに感じたことのない異質な胸騒ぎを、産婦人科に無我夢中で駆けつけながら覚えるのだった。
6月4日の昼頃のことである。
「まだ、産まれていない」私は胸をなで下ろした。
妻の横たわるベッドに私が近づくと、彼女は微かな笑みを浮かべ「今度は来てくれたんだね」と言わんばかりに疲れた表情をしていた。
私はひと安心し、一階の待合室で煙草に火を付け、朝から何も食べていない空腹感に耐えられず、昼食をとりに近くの食堂へと出かけた。
ところが、これが大失敗だった。食事を終え産婦人科へ戻ると、可愛い男の子が産まれていたのである。
またもや私は、我が子の誕生の瞬間、その場にとどまることができなかったのである。
魚釣りと生命の誕生を並列にならべて考える気はさらさらないのだが、私は、とことんついていないと思った。
分娩室へ通じる廊下で二男誕生を知らされた時、いったい私はどんな表情をしていたのだろう。
一瞬、私は蝉の抜け殻のように自分が空っぽになるような感覚を覚えた。