待ってろよ、魚たち。
著:たくみ けいすけ
 
1989年
 第45話 ライズ
写真031湖のマス族の難しさと池田湖の雄大さに敗北した私たちは、冬の寒さも影響してか、何となく釣りに行くのが億劫になり、一ヶ月程、沈黙を守った。

この間、私は、15年間ノーヒットの男性のことを時々考えていた。

しかし、他人の心配をしている余裕など私にあるはずがない。

彼の表情や言葉を思い出すたびに、何となく心が痛い。

やっと重くなってしまった腰を上げたのは、2月5日の懐かしい紫川のシーバッシングだった。 

会長と私にとって、この時期、最も確率が高く、魚の姿を拝むことができる釣りといえば、もう迷うことなくこの場所しかなかった。

予想的中。

私のフローティングミノーのジョイントが強引に引ったくられた。

久しぶりの魚の感触に、思わず嬉しくなってしまったかと思うと、つっかえ棒が外れたかのように、水中にピンと伸びていたラインが曲線を描いた。

その後二度程、私たちは紫川を訪れたのだが、やはりシーバスはその姿を現してはくれなかった。

江川ダムにも行ってはみたものの、釣れる確率など私にとって、限りなくゼロに近いことを認めざるを得なかった。 

さて、気候の移り変わりは早く、初夏の陽気を感じさせる5月。

気分を取り直して、私は職場の同僚とキャンプを兼ねて、フライフィッシングで鍛えた大分県川原川を訪れた。

5月の渓流は最高である。

柔らかい緑は美しく、小鳥の鳴き声も心地よく、流れる水はきらめいている。

私は、とてもいい気分になって、ウェーディングシューズの紐をしめた。

冬から春にかけて、釣れずに悩んだことなど、雲一つない空と清らかな流れる水の音が忘れさせてくれるようだった。 

午後2時30分、道路から下りやすい場所を選んで、のんびり私は釣りを楽しむことにした。

しばらく釣り上ると、沈んだ大きな石の付近で、水泡を飛び散らす音が私の耳に飛び込んできた。

静かに近寄り、手前の岩に身をひそめ、じっと観察していると、確かに魚が水面で何かを捕食しているように見えた。

写真032恥ずかしながら、私はフライフィッシングをやっていて、渓流でのライズというものを、かつて見たことがなかった。

雑誌に、イブニングライズの際狂気乱舞するマス族のことが熱っぽく語られているのを読んで、自分自身、勝手にその気になって「夕マズメ=ものすごいライズ」といった思い込みをしていた。

つまり、ライズを知っているような、ましてや、見たことがあるような錯覚をしていた。 

小規模ながら、岩の隙間から覗く水面の動きは、初めて私が目にする正真正銘のライズであった。

私は、数分間、ときどき起こるライズに気持ちを集中しながら、片方では、自慢の14番のエルクヘアーカディスをティペットにしつかり結びつけ、ファーストキャストの機会を伺った。

私には、マッチ・ザ・ハッチなど関係ない。

つまり、何を食べているかなど考える余裕はなかった。

私にとって、実績のあるフライこそ、マッチ・ザ・フィッシュなのであった。 

第一投。

大きな沈み石の向こうへ、フライラインはまっすぐ伸び、程良いタルミを作ったリーダーとティペットの先端のドライフライは、ライズの上流30m程の絶好のスポットへと我ながら見事に着水した。

スローな動きで魚は何の疑いもなく、私のフライに的確に反応した。

午後3時20分。

それは、20cmの元気なヤマメだった。 

たまたま、この時は、世間知らずの可愛いヤマメがカディスを食べてくれたのだが、ライズに遭遇して、もっと深くフライフィッシングの事を学習しなければならないと、私は感じた。

それは、偶然にも、この魚が私のフライを捕食してくれたと考えた方が自然だからである。

試すことはできなかったが、多分、フライサイズやパターンが異なっていたら、ライズを目の前にして悔しさだけが私の思い出として残ったであろう。

よって、この日から、私は苦手な水生昆虫の学習を始めたのである。

一匹の魚を釣ることの難しさは、私自身がよく知っているはずだからである。
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