
著:たくみ けいすけ
1989年
第46話 フライタイイング
釣りに行けない日、この頃から私は、水の中の小さな虫たちの本に目を通すようになった。水生昆虫の知識は、フライフィッシングをたしなむ者にとって、必要条件だと感じたし、虫の生態を知らずして、フライフィッシングを本当に理解したとは言えないと痛感したからである。
なぜなら、そもそもフライというものは、虫を模したものに他ならないからである。
私がフライフィッシングを始めようとしたとき、釣具店の主人からこんな話を聞かされたことを思い出す。
「フライフィッシングを始める人には、ふた通り始め方がありますよ。
ひとつは、キャスティングから入る人。
もう一つは、タイイングから始める人。
どちらも、同じ所にたどり着くと思いますよ」 一見派手で、不思議なループコントロールに魅了された人は、キャスティングに興味を持ち、色彩が放つ小さな宝石に足を止めた人は、フライタイイングの世界に没頭してしまうというわけである。
前者の方が圧倒的に多数だと思うのだが、タイイングを決して無視するわけにはいかない。タイイングとキャスティングのバランスが、私にとって欠落していたのである。
私は、今まで巻いたいい加減なフライを処分し、マニュアルに忠実に、水生昆虫を意識しながら、フックをバイスに取り付け、タイイングを繰り返した。
家族全員が寝静まった頃、私は机に向かい、時の過ぎるのを忘れ、ひたすらタイイングに熱中した。
訪れた川にいたこの虫のことを思い出しながら、本に写っている虫たちと結びつけ、一生懸命マテリアルをフックに取り付けた。
浮力があって視認性に富むドライフライを中心に、12番、14番、18番の三つのサイズで数種類のパターンを用意し、フライボックスの中に詰め込んだ。
虫を観察して、フライパターンを選択し、キャスティングへと移る。
何となく、私にとって釣りの世界が幾分広がったような気がするのだった。