
著:たくみ けいすけ
1990年
第48話 池田湖3
結果を先に述べるなら、結局マス族との対面の夢は実現出来ずに、湖を後にした私たちだったのだが、暑く大きな壁に微かな光が差し込む所を見つけ出すことができたような気がした。1月3日、私たちは恒例の池田湖へと出発した。八代〜人吉間に待望の高速道路が開通し、さらに池田湖が近くなっていた。
福岡を発ったのが夜中だったので、計算されたように朝マズメ時、私たちはパラダイス前でのキャストを楽しんだ。
私たちの他に6〜7人のルアーマンが休むことなく、熱く、そして静かに、理屈ぬきに頑張っている。
会長と私は、この湖ではずぶの素人。
彼らの姿を見ながら、闘志だけは沸いてきた。
早朝のゴールデンタイムが過ぎ、疲れが見え始めた頃、グッドタイミングでキャンプ好きの会長が入れてくれた美味しいコーヒーを飲む。
池田湖に来て良かったと実感するひとときである。
早朝のキャスティングは、一年ぶりに再会した池田湖への挨拶がわり。
これからが、湖との本当の戦いである。
昼すぎ、私たちはパラダイス前を諦め、ポンプ小屋へと移動した。
ポンプ小屋下の景色は、パラダイス前とは全く異なり、同じ湖の部分であるとは考えられないような場所である。
風は強く、水深もあり、岩場に当たる波ははじけ、磯釣りにでも行ったような錯覚さえ覚える。
そして、湖岸の岩肌は水中へと複雑に伸び、魚が好んで住みつきそうな印象を与える。
プラス思考は釣り人にとって大切だが、二人ともいくらキャスティングを試みても、やはり簡単にはヒットは訪れない。
夜中のドライブが響いたのか、車の中で一休みしたところ、いつの間にか私たちは深い眠りについてしまっていた。
どれぐらい時が経ったのだろう。
ハッと目を覚ますと、2台の車が私たちの横に止まっていて、4〜5人のルアーマンが黙々とキャストを繰り返していた。
会長と私も急いでロッドをつかんだ。
次の日、私たちは気分も新たにパラダイス前へと向かった。
前日の夜は、近くの民宿に泊まり、熟睡し、私たちは疲れを癒した。
会長と私は、湖のどのポイントを攻めたらよいのか、いろいろと作戦を練ったのだが、結局、最も実績のあるパラダイス前しか考えつかなかった。
午前7時半、キャスト開始。昨日と打って変わって、私たち以外誰もいない。
誰もいないと何となく釣れないような気がしてくるのは、私だけだろうか。
ホームグラウンドとしているような、自信と実績のあるポイントに我ひとり立った時、自分ひとりでフィールドを占領しているようで嬉しいものである。
だが、この湖は私たちの憧れであり、巨大なマス族の生息する聖域なのである。
現状を打開するには、まだまだ時が必要である。
つまり、自信のなさが、私を落ち着かない境地へと追い込んでしまうのかも知れない。
またこの日、近くの集落で火事があり、会長と私は、しばらく消防車のサイレンの音と、高く舞い上がる煙の方角に気を取られていた。
日も高くなり、疲れたところで、私たちは駐車場前の階段に腰をおろし、じっと湖面を眺めていた。
すると、毛糸の帽子を浅く被った男性が近づいてきて、「どうですか?」と話しかけてきた。
ロッドを手にしてなかったが、風貌からして釣り人に間違いないと直感した。
そして、この男性は、親切にも、私たちに欠けていたこの湖の情報を、楽しく面白いお喋りで提供してくれたのであった。
まず、彼は、元旦からこの日までキャンプをしながら、パラダイス前にて湖面を見つめながら釣りを楽しんでいたようだが、魚のライズは全くなく、年末の方がよっぽど良かったと言っていた。
そして、私たちが最も驚かされた話は、ベストシーズンの頃の魚たちの行動だった。
彼が言うには、マス族は、自らの体高の倍ぐらいの浅い水深の所をゆっくりと回遊し、産卵期などはカップルでトラベリングしているというのだ。
つまり、肉眼ではっきりと、その美しい虹色の体色を確認することが出来るわけである。
鹿児島のフライマンは、5番ロッドを岸沿いに軽く振って、魚たちと遊んでいる人もいるらしい。
なかなか説得力のある話し方に、私たちはぐいぐいと引き込まれていった。江川ダムのような急深な人造湖をホームグラウンドにしている私にとって、そんな浅い所を悠々と泳ぎ回る魚たちがいるなんて、どうしても信じられなかった。
「釣れる時はこんなものなのかなぁ」とも思った。
そして、彼こそ、某雑誌の表紙を飾った憧れのスーパーレインボーを、目の前に存在する湖でかけた人だったのである。
そして、彼から尾下のポイントを紹介され、私たちはパラダイス前を後にした。
しかし尾下では、小ブナのような魚の群れを確認するにとどまった。
私たちは、昼食を済ませ、三つ目のポイントであるポンプ小屋下へ迷わず車を走らせた。
私たちにとって、残された場所は、もうここしかなかったのである。
相変わらず風が強く、水面が波打っている。
私たちはポンプ小屋の金網を越え、湖面に対して左サイドの岩場へ向かった。
初めて立つポイントは、直径1m程のスペースしかない平たい大石の上だった。
7ftのスピニングロッドでバックスイングさせる空間はなく、透き通った水中には、幾つかのでっかい岩が重たそうに沈んでいる。
私は11cmのリアルミノーをセットし、所謂ホットケメソッドを試みた。
ミノーはあたかも生き物のように揺れ、湖面は空から落ちてくる光を跳ね返し、不規則に光っていた。
私は偏光レンズを通して主注力を持続させながら、ミノーを視界から外さないように無駄なラインを静かにたぐり寄せるのだった。
その時私は、自分の目を疑った。
どこからともなく、一匹の魚が、速くも遅くもないスピードで私のミノーに向かって襲いかかってきたのだった。
1〜2秒のまさしく現実の光景は、私がこの湖で初めて目撃するマスの姿であり、私の身体は完全に膠着した。
固まった私の両腕は、しっかりとロッドグリップを握りしめ、高速でカメラのシャッターを切ったかのように、私の両目だけは、マスの動きを精密に捉えていた。
そして、今にも、水面に漂うリアルミノーをマスの強靱な顎がひったくろうとした瞬間、この賢い魚は、ビンビンに研ぎすまされたフックに接触することもなく、深く暗い場所へと消えていったのである。
決して、スーパーレインボーとは言えないが、感動は、私の意識を奮い立たせた。
この湖、憧れだった池田湖のトラウトが、今、私の前を泳ぎ去っていったのである。
しばらく私は、石の上に座り込み、頭の中で、両目が捉えた光景をビデオテープの映像を処理するように巻き戻し、そして、再生することを幾度となく繰り返していた。
その後、ホットケにはいくら待っても魚の反応はなく、私は藪をかき分け会長の所へと急いだ。
勿論、先ほど私の目の前で起きた出来事を知らせるためである。
会長は、ミノーでグリグリメソッドを何故かしつこく繰り返していた。
何と、会長のミノーにも大きな魚が、水際付近まで追いかけてきてUターンしたらしいのである。
この日、私たちは悔しさよりも熱い感動を胸に、ポンプ小屋を後にした。
帰る時刻が近づいてきた夕マズメ、私たちはラストチャンスをパラダイス前で迎えることにした。
池田湖にやってきて、「こんなの見たことないよ」と、少々びっくりする程のルアーマンの数。
会長も私も、自然とその人間の群れの中に混じって、熱く、力強いキャスティングを試みた。
パラダイス前の水面が、多数のルアー、フライでカバーされている。
やがて、暗闇が湖に訪れ、三々五々、岸辺に形成されていた人々の長い帯は崩れ、風を切るロッドやフライラインの音も静寂な湖の彼方へと消え去っていった。
私は、まだ一人たりとも、魚を手にして満面の笑みを浮かべているアングラーを、この池田湖で見たことがなかった。