待ってろよ、魚たち。
著:たくみ けいすけ
 
1991年
 第52話 池田湖4
写真045ここ数年、私の釣りのパターンは、池田湖に始まって、夏は椎葉を訪れ、その間ホームグラウンドの江川ダムを攻めるというのが、お決まりのコースとなってきていた。

家庭的にも忙しい年齢になってきたし、そう自分ひとりわがままばかり言ってはいられない。

仕事と家庭と、本業のような趣味をうまく充実させて生活していくのは、なかなか難しいものである。

また、休日に関係してくる家族へのサービスと、釣りに行きたくてはやる気持ちは、どうしても磁石の同極のようなもので、お互い融合しあう得策が浮かばない。

急に家庭の仕事に精を出したりすると、釣りに行きたいがための布石として見抜かれてしまう。

そうなると、弁解の余地もないのである。

そんな中で、家族から私への誕生日プレゼントである池田湖の釣りは、最大の楽しみでもあり、貰ったからには、何としても夢を実現したいと、私は常々考えていた。

1月2日の深夜、会長と私は、福岡を静かに出発した。

正月を迎えたばかりなのに、真夜中の高速道路は、貸し切り状態のようにすいていて、予定よりかなり早い時刻に、私たちは目的地に到着した。

パラダイス前の駐車場から、暗闇の中に広がる湖を眺めながら、私たちは車のエンジンをかけたままシートをリクライニングさせた。

年末年始の不規則な生活の疲れが出たのか、私たちはそのまま眠りに落ちてしまい、目覚めた時には前面の曇ったフロントガラスから眩しい太陽が姿を現していた。

朝マズメのベストタイムにたくさんの夢を乗せて、車を走らせてきた私たちにとって、最終電車に乗り遅れてしまったような大きな失敗をしてしまったのだった。

しかし、後悔先に立たずと、気持ちを切り換えて私たちは急いでタックルを両手に抱え、駐車場下の階段を駆け下り、ロッドにスプーンをセットした。

この湖には、流れ込んだり、流れ出ていく河川は一本もない。

豊富な水を有効利用するための水路こそあるものの、完全に密閉された火山湖特有の状態が保たれている。

素晴らしい透明度はまさに天の恵みなのである。

よって、池田湖の水量は、その年の降水量に左右される。

鹿児島地方は、平年並みの雨量だったようで、池田湖の水量も多くもなく少なくもない安定した状態だった。

相変わらずルアー・フライマンの数はもの凄く、二本の排水口付近から右側の突端部にかけてズラリと釣り人が並んでいる。

何とか空いているスペースを見つけ、出遅れた現実を取り戻そうと、私たちは一生懸命キャストに力を込めた。

しばらくロッドを振り続けていると、私はロッドに変な感触を覚えた。

トリプルフックにワカサギが引っ掛かっている。

これも池田湖で釣った初めての魚になるのだろうかと、苦笑しながらキャストを繰り返していると、またもや、フックはワカサギを拾ってきたのである。

こうなると、少々、私も考えざるを得なくなってくる。

2匹目のワカサギを見ながら、ふと私はこんなことを思った。

「これは、笑って済ませていいのだろうか。

自分のルアーが届く範囲にワカサギが泳いでいるのである。

ルアーのフックにワカサギが2匹も掛かるというのは、単なる偶然なのだろうか。

違う。

ワカサギの大群が湖の岸辺に接近している証拠ではないだろうか。

そうに違いない。

ということは、大好物のワカサギを狙う魚、つまりニジマスが付近を回遊しているかも知れない。

そうだったらいいのだが」
私は、単純な食物連鎖を想定し、自らやる気をかき立てた。

その時、届かない距離だが、大きなライズが私の目と耳に飛び込んできた。

私は全神経をロッドを持つ右手に集め、ルアーを表層でゆっくりと引き続けた。

私の視線は、ロッドの先端とその付近の透き通った水面に当てられている。

水際から2〜3m先の水中に沈んでいる大石の脇を擦るように、私は10cmのスプーンを泳がせている。

その大石の先は、目を凝らして偏光レンズでいくら覗いても、どうなっているか分からない。

そして、待ちに待ったニジマスは、大石の奥の暗がりからゆっくりと私の方へと接近し、自らの体高ほどの浅瀬までくると、右へ折れ、私の視界から消え去ってしまった。

私は、リールを回転させることも忘れ、鮮やかなピンクに輝く、その丸々と太った魚体に見とれた。

体長50cm程の雄と雌のカップルだと思うのだが、2匹のニジマスには、渓流の魚にはない風格を感じた。

想定していた以上に、見事としか言いようのない魚たちが、今、すぐそこを悠々と泳いでいたのである。

信じられない事実を、信じなければならない現実に、私は複雑に当惑していた。

私たちは、レストラン「パラダイス」でゆっくりと食事を済ませ、胸いっぱいの感動を詰め込んだ満足感にひたりながら、昨年の出来事が忘れられないポンプ小屋のポイントへと向かった。

そして、暗く細く雑木林の生い茂る舗装道路を抜け、相変わらず風が強く吹きつける岩場に立ち、私たちはキャストを始めた。

パラダイス前の賑やかさと打って変わって、私たちの他には誰もここにはいない。

風圧と寒さに耐えるのも、生身の人間には限界があり、2時間程経って私たちは車内に避難した。

そのままお互い打ち合わせていたかのように、睡魔に襲われ深い眠りについてしまった。

目を覚ました時、腕時計の針は5時を回ろうとしていた。

外は依然強風で、車のアンテナが揺れている。

私たちは急いで車をパラダイス前へと走らせ、夕マズメに賭けたのだが、魚を確認することさえできず、宿へと向かった。

次の日の朝、私たちは迷わずパラダイス前へと急いだ。

気温は11度、水温を計ってみると12度。

昨日の再現を願ってスプーンをロングキャスト。

朝日が私たちの正面から昇り、水面をギラギラと照らしている。

眩しい光線を帽子のつばで避けながら、私たちは偏光グラスを通して、視界に入る全ての物を決して見逃さないように全神経を集中させて待ち構えた。

写真048私たちの緊張感とは裏腹に、意外にも虹色に輝く水中の宝石は、あっさりと何処からともなく私たちの視野のど真ん中に姿を現した。

そして、野良犬が公園をウロウロと散歩しているかのように、何度も私たちの近くを通り過ぎてくれたのだった。

私たちは必死にマスを見つけては、魚が泳いでいくであろうコースを想定して、ソフトなキャスティングを心がけた。

しかし、この魚は、自らの敵である多数の釣り人の動向を水中から観察し、幾つもの種類のルアーやフライを横目で見ながら生きてきたに違いないるどんなルアーやフライをいくら正確にキャストしようとも、この魚に限っては、全く意味のない存在だったようである。

時間の経過とともに、魚たちはどこかへと去ってしまい、湖岸に立つ釣り人の数も、だんだん少なくなってしまった。

私たちは草原で横になり、ぼんやり湖を眺めながら、会長が沸かしてくれたコーヒーを味わった。

さすがに、鹿児島は南国である。

風がなく晴れてさえいれば、昼寝がしたくなるほど気持ちがいい。

のんびりとした時間が、ただゆっくりと流れていく。

私たちは、湖を渡る小さなボートに目をやりながら、煙草をふかせ、パラダイス前での釣りに区切りをつけ、重い腰を持ち上げるのだった。

昼間は、食事をはさんで、素晴らしい雰囲気のいろり下や尾下のポンプ小屋側でミノーやスプーンのキャストに、私たちはほとんど会話も交わさず無我夢中で励んだ。

何処へ行っても、結果的に収穫はない。

ならば、ニジマスの姿が拝める場所で釣りをしていた方がましに思えてくる。

もう、私たちには、美しく咲きほこる菜の花が迎えてくれるパラダイス前しか行く場所が見つけられずにいたのだった。

パラダイス前に着くと、菜の花畑に沿って湖面を見渡せる遊歩道から、盛んにフライキャスティングに精を出す釣り人達が、私の目に止まった。

近づくにつれて、彼らのキャスティングにかける意気込みが、身体の動きや表情から伝わってくる。

彼らが立っている場所は、湖の水面から3〜4mの高さの所。

つまり、そこからは、湖岸に立つよりも遙かに広い範囲で、付近を泳ぐ魚たちの姿をはつきりと視覚的にとらえることができるというわけである。

北米やニュージーランド等の渓流で有名な、所謂「サイト・フィッシング」にあたるようなものである。

普段はじっと遊歩道の手すりにもたれ、湖面を静かに見つめているだけなのだが、魚を発見するやいなや、いっせいに自信のあるフライを魚の捕食しやすいスポットへ送り込み、リトリーブを開始する。

湖での釣りとしては、抜群の省エネ釣法である。

私たちが近づいた際も、視覚の範囲に入る中を、2〜3匹のニジマスがうろうろと浅瀬を泳いでいた。

体力勝負の釣りだけをしてきた私たちにとって、何となく彼らがやっていることに感動を覚えのだった。

しかし、未だかつて釣れたのを、私たちは残念ながら見たことがない。

池田湖には立派なニジマスが棲息しているのは紛れもない事実なのだが、魚たちの存在とランディングは別問題のようである。

私たちが手すりの下を指さしながら騒いでいると、湖を訪れた観光客も、「いったい何をしているのだろう」とばかりに集まってくる。

確かに眼下を泳ぐ魚たちを見物するのも結構楽しめる。

しかし、私たちは観光のためにこの南国までやって来たのではない。

ましてや、魚の回遊を眺めに来たのでもない。

私たちは、少なくとも釣りをしに来たのである。

誰が何と言おうと、私たちは釣り人なのである。

夕マズメ、私たちの近くを通ったニジマスにパール色のスプーンを与えてみたが、一瞬後追いはするものの、魚たちにとって、興味や食欲を刺激するものにはなり得なかった。

次の日、私たちがパラダイス前の湖岸を歩いていると、60〜70・程のオスのニジマスの死骸が横たわっていた。

わざわざ、こんな魚をこんな場所に運んで捨てる人などいるわけもないし、誰かがこの湖岸のどこかで釣り上げたに違いない。

少々、魚の処理の仕方に疑問は残るが、この上ない幸せをつかみ、歓喜した者が確かにこの湖岸の何処かに存在したのである。

鷹のくちばしのように折れ曲がった上顎と精悍な顔つきに見とれながら、私は、何としてもこの風貌をまとった奴を釣り上げるまで、この活動は絶対に辞められないと感じるのだった。

一年の内で最も希望と期待を抱え、私たちのフィールドとしては申し分のない素晴らしい湖、池田湖。

憧れの地と別れる時刻が、私たちに淋しい物音をたてて、そこまで近づいてきていた。

この日も一匹のニジマスを確認することはできたのだが、振り向いてもくれず、私たちは虚しくパラダイス前を後にせざるを得なかった。

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