
著:たくみ けいすけ
4月22日、私と会長はサクラマスを求めて、大分県下筌ダムバックウォーターを攻めた。
この年の正月以来、会長との再会を心待ちにしていた私にとって、楽しいひとときは足早に過ぎていった。
このダム湖のサクラマスは、ルアーフィッシング愛好者にとって恰好の対象魚であり、春先にはボートからのキャスティングで入れ食い状態を演じた等という話を耳にしたことがある。
また、巨大なレインボーも忘れた頃にランディングされているようで、静寂の中に神秘的な雰囲気を感じさせるフィールドである。
私たちは、周りの景色を反射しながら流れる、美しく深いプールを、ただダラダラと数種類のルアーを泳がせた。
時間は、私たち二人にとって全く平等に過ぎていった。
ロッドをしならせてくれる魚たちにはめぐり会えなかったものの、ウグイやヤマメが、翠に透き通った沈み石の向こうから、私たちのスプーンに興味を示しては反転するのだった。
美しく可愛らしい魚たちが、私のルアーに騙されて追いかけてくる姿を確認するたびに、「食いついてくれ」という反射的な意識が私の身体を突き抜ける。
しかし、魚たちは決まって私の思惑とは裏腹の行動をとるのである。
私の苛立ちはピークに達し、何とか一匹の獲物を納めようと、とうとう下筌ダムバックウォーターを諦め、得意の渓流へと足を踏み入れてしまった。
勿論、ダム湖用に持参してきたルアータックルでのキャスティングである。
まるで、ブラックバスをミミズのウキ釣りで仕留めるような違和感を覚える。
つまり、私にとって、いや、誰であろうとも、狙う魚にはその魚に見合った適切な釣り方があるはずである。
白泡の渦巻く谷川には、フライフィッシング以外、私には考えられないことぐらい重々承知しているはずだった。
なのに私は、湖用のハードタックルにウエイトのあるスプーンで、水生昆虫を捕食している渓魚を、正に漁師以下の貪欲な感覚にギラギラしながら釣り上げようとしていた。
釣り人として、論外としか言いようがない。
数投目のリーリングに、あどけないヤマメが引っ張られてきている姿を見た時、いったい私は何をしているのだろうという、見苦しい自分自身に対する失望感が一気にこみ上げてくるのだった。