待ってろよ、魚たち。
著:たくみ けいすけ
 
1991年
 第55話 ダブルフォール
写真051相変わらず収穫のないキャストを、飽きもせず自己満足のために重ねていた私だったが、この夏、釣りに理解を示してくれた知人を持てたことは、私にとってダム湖通いを更に継続させる要因になったと思う。

それは、私と同じ職場に勤務するK氏から、釣りに連れて行ってほしいと頼まれたからである。

なかなか、この釣りを理解してくれる友人にめぐり会えなかった私にとって、彼の言葉はこの上ない喜びであった。

早速、彼を釣具店に案内し、ベイトキャスティングリールやスピニングリールの説明、豊富なルアーの選び方等、私は長年の釣り友達である会長以外の人に、初めて熱のこもったタックルの話をしたような気がした。

興味のさほどない人に、馬の耳に念仏状態で、以前話をしたことがあったのだが、K氏の場合、明らかに私の話す言葉をひとつひとつ吸収していて、大変心地よく感じられた。

夏の終わりには、K氏も念願のブラックバスを釣り上げて大喜び。

愛妻家でもあり、子ども好きの彼は、初めて釣った魚を大切に自宅へ持ち帰り、食してみたらしい。

8月30日は、K氏にとって忘れられない一日になったに違いない。

釣りを紹介した私にとっても、何だか責任を果たしたような解放感と、K氏の感激が嬉しく、珍しく穏やかな気分でダム湖を後にすることができた。

この日から、K氏と私は深緑の季節まで釣りを共にした。

K氏同様、私もいつの間にか、ミノー系のプラグやスピナーベイト等を駆使して、ブラックバスをヒットさせ、ルアーフィッシングを楽しんだ。

プレッシャーのない日々が穏やかに過ぎていった。

しかし、私の身体は確かに躍動していたのだが、心は何となくだんだんもどかしさを覚えたのも事実だった。

ルアーをいくらキャストしても、心の片隅にあるマス族への憧れが、未解決のままほったらかしにされていたからだろうか。

満足のいく魚たちが、私のロッドを絞り込んでくれないからだろうか。

単純なキャストを繰り返すことに、ただ疲れたからだろうか。

写真054それとも、ルアーフィッシングへの興味が薄れてしまったのだろうか。

「どうしたら自分らしさを取り戻せるのだろうか」

大げさな表現だが、この頃の私はどん底状態だった。

釣りに行きたいのだが、結果は実績が明確に物語っている。

湖を訪れる事なくして、湖を離れる時の事が寸分のずれもなく推測できるのである。

こうなっては、釣りをする気力も沸いてこない。

悩んだというより、私はどうしたらいいのか、暇さえあれば考え続けた。

そして、私はホームグラウンドである江川ダム湖におけるルアーフィッシングとの別れを決断したのだった。

この時から私は、二度目のフライフィッシングへの挑戦を開始した。

渓流でのポイントを見定めたカーブキャストやメンディング、ドリフトやターン等、ある程度のテクニックは身に付いていると自画自賛するものの、湖でのフライフィッシングとなると、本質的に異なる要素が私を悩ませ、強い興味を沸き立たせた。

それは、谷川でのフライフィッシングには無関係なテクニック。

つまり遠投能力である。

ダブルフォールと空中でのラインコントロールである。

湖は広い。

ショートレンジでのフライフィッシングしか経験したことのなかった私にとって、ハードタックルでのロングレンジでのキャスティングを修得しない限り、道は開けない。

新しい分野への挑戦は、魚たちのことを忘れさせ、気力を蘇らせ、私に釣りの楽しさを与えてくれた。

最初、右手と左手のバランスがうまくいかず、職場においても自宅においても、知らず知らずのうちに、私の両腕は練習を重ねるのだった。

ダブルフォールこそ、私の生活の課題となった。

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