待ってろよ、魚たち。
著:たくみ けいすけ
 
1991年
 第56話 #8
写真053手に馴染まない8番ロッドを、私はがむしゃらに振り続けた。

渓流での4番ロッドしか満足に握ったことのない私にとって、この高番手のロッドは、上半身の筋肉をにぶく疲労させた。

また、疲労だけでなく色々なトラブルも多発させた。

4番ロッドでは考えられないウィンドノット、フライラインとフライの失速、バックの障害物や水面をラインは打ち、うまくいったかと思ったら、足元のラインを踏んでいたり絡まったりと、手に負えない。

決定的だったのは、ストリーマーをリトリーブするだけの飛距離がどうしても得られない。

8番ロッドを購入して、初めてダム湖で試して見たものの、結果は散々なめにあったのだった。

しかし、ひとつひとつでもいいからクリアしていかねばならない。

マス族どころではない。

次第に私の脳裏から魚たちの姿は消え、フライキャスティング自体が釣りの大半を占めるようになっていた。

趣味というより、スポーツ感覚なのである。

この頃、ブームになりつつあったのか、釣具店には雑誌や説明書だけでなく、ビデオ類も並べられるようになっていた。

テレビでも「フライフィッシング入門」等と題して放映されるようになってきた。

そして私は、この分野での草分け的存在であるS氏のキャスティングには非常に魅了された。

録画して何度もテープがすり切れるほど、彼のキャスティングテクニックを学ぼうと、食い入るようにロッドやラインの動きを凝視した。

自分の頭の中にS氏の動きをたたき込み、実際にやってみては、自分の欠点を映像を見ながら補おうとした。

写真056また、いろいろなプロショップへ電話をかけ、その時の疑問点を問い合わせた。

「なぜ飛ばないのか、タックルはこれでいいのか、ラインの絡みの解消法はあるのか」等。

だが、決まって返ってくる答えは、若干の差はあるものの共通して、キャスティングはその人のテクニックらしい。

腕次第なのである。

ロッドやライン等のカタログは、年々新しいものが開発されて、アングラーにとって扱いやすいものへと改良されているのは確かかも知れない。

宣伝文句を読むだけで楽しいし、自分を主役に仕立てフィールドに立ち、ロングキャストを悠々と成功させているような夢を抱く。

フライフィツシングの歴史を振り返ると、確かに道具の開発はより遠くのポイントを射程に納めたかもしれない。

しかし、道具の善し悪しにそう神経質になる必要もない。

なぜなら、少なくとも私がフライフィッシングと出会った頃から、フルラインのキャスティングを行っている人がいた訳であるし、そんな素晴らしいテクニックを持った人たちに比べ、私の所持しているタックルの性能は時間の経過とともに数段進んだものになっていると思うからである。

やはり、腕を磨くしか解決策は絶対にあり得ないのである。

しかし、マス族の姿が完全に消え去った今、逆に私は新鮮な気持ちで、江川ダムを訪れることができるようになった。

ダム湖に出かける目的が、レインボーでもブラウンでもサクラマスでもなく、完全にフライキャスティングに絞られたからである。

一投、一投にロッドの振り方を変えてみたり、ホールするタイミングをずらしてみたりしながら、徐々に私はダブルフォールのコツをつかんでいった。

勿論、まだまだロングキャストとは言いがたい。

何とかリトリーブできる範囲にフライが飛行してくれる程度である。

それでも私は、喜びを感じながらキャスティングに取り組むのだった。

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