待ってろよ、魚たち。
著:たくみ けいすけ
 
1992年
 第58話 友
写真057なかなか望みの叶わない釣りをたび重ねている私なのだが、こんな時、何と言っても同じ目的を持つ友人の存在は大きい。

我ひとり南国の湖畔に立っていること等、考えただけでもゾッとする。

言葉に表せない程、会長という友人は、私の心の支えになっていた。

たまにしか会えない距離なので、ときどき「釣り、行ってる?」なんて電話をかけてしまう。

「また釣りの約束をしている」と、妻や彼の奥さんも思っていることだろう。

さて、ひょんなきっかけから、私は全く知らなかった、勿論、会ったこともなかったA氏と一緒に、一日釣りに行くことになった。

実は、彼の奥さんと私の妻が知り合いで、たまに我が家のことが彼の家庭での話題にのぼっていたのだろう。

彼の家を初めて訪れた晩、話がはずんだのか、あくる日の朝、釣りに行く約束をするに至ってしまった。

それも、渓流でのフライフィッシングである。

一応、私は彼にフライについての説明をした。

彼は、奥さんに言わせると色々な趣味を楽しんできた人らしく、その頃、海釣りに凝っていた。

全く体験したことのない渓流とフライフィッシングを、いっぺんにやってみようというのである。

臆することなく挑戦しようとしているA氏に、何とか手助けをしてあげたいと思いながら、約束通り次の朝を迎えた。

フライタックル一式を一緒にセットし、A氏と私は谷川へ下りてキャスティングを始めた。

結果は言うまでもなかった。

フライフィッシングの魅力を殆ど伝えることもできず、A氏と私は帰路についた。

この日は、渓流が解禁された日だったというのに。

A氏と私が二度目の渓流を共にしたのは、桜の花が鮮やかに町並みを飾る爽やかな日曜日だった。

とにかく彼に一匹の魚を釣ってもらいたいと切望するものの、長い時間と費用をかけて有望な川へ向かっても、相手は生き物である。

絶対に釣れるという保障は何もない。

できるだけ近くで魚影の濃い所はないか。

いろいろ考えた末、私は佐賀の川を案内することにした。

何としても、A氏に川釣りへの興味を抱いてもらおうと、私の気配りもただものではなかった。

一度もあの美しい渓流の魚を見たことのない彼を感動させたかったし、彼は、妻が常日頃お世話になっている友人のご主人なのである。

「今日は絶対ヤマメちゃん出てきてよ!」と呟きながら、私は薄暗い道をA氏の自宅へと向かった。

やる気満々のA氏だが、さすがにフライフィッシングには懲りたらしく、前回の釣りでの事は口にしようとはしなかった。

この間、書店でヤマメのことを調べたらしく、ハヤ釣り竿や糸、目印等を用意していた。

高速道路を利用すると、釣り場まで1時間の距離、釣りの話に花が咲き、気がつくと、もうそこにはゴーゴーと流れる太い谷川が私たちを待っていた。

ミャク釣りを試みるA氏だが、これもまた初めての体験。

フライフィツシング同様、思うように機能してくれない。


写真060午前中、目当ての魚と出会うことなく、私たちは昼食をとった。

午後、付近の川の散策に出かけたのだが、パットせず、結局、私たちがロッドを出したのは、この日一番に期待を込めて入渓した二本の川が合流する場所だった。

A氏は、多少ミャク釣りにうんざりしていた様子だったので、迷わず私は、スピナーでのルアーキャスティングを勧めた。

これもまた、A氏にとって初めての挑戦である。

おまけに、こんな金属片にペイントしたような物に魚が食いつくという事実を、素直に信用する人が、この世の中に何人いるだろう。

諦めとやけくそさが彼の胸の中に同居していたのかも知れない。

彼は、私の簡単な説明を聞くと、早速キャストの態勢に入った。

5〜6投目だっただろうか、彼のキャストしたスピナーのフックをがっちりとくわえたのは、20cmを超える桜色が鮮やかに散りばめられた美しいヤマメの姿だった。

キャスティングからランディングまでの一部始終を私は見守っていたのだが、水中からルアーロッドに異様な振動を感知した瞬間、彼の足元はふらつき、腰は砕け、表情は急変していた。

H氏やK氏がブラックバスをファーストヒットさせた時もそうだったし、私は、三人目の感動の光景を目の前にしていた。

過去、私自身ヤマメを初めて釣り上げた時、一人川の中で、感動のあまり大声を張り上げた記憶が思い起こされた。

そして、この日釣れたただ一匹の貴重なヤマメを私たちは大切に持ち帰り、A氏の隣人であるS氏宅と三家族集合しての焼肉パーティーと相成った。

A氏の気分は絶好調。

今日はだめかと思った直後、最高の幸せを掴んだのだから、A氏の高揚した気持ちもよくわかる。

一匹の魚を手にすることで、みんなを幸福と笑いの渦に巻き込み、A氏はこの日からヤマメの虜になっていったのであった。

酒を口にするたび、私たちはこの夜、彼からさんざんヤマメの話を聞かされた。

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