
著:たくみ けいすけ
「春」という季節は、釣り人にとって特別な響きを持っている。
私も釣りを覚えて、何度目の春を迎えることになるのだろう。
穏やかな日差しが若葉の緑に跳ね返る頃、ぷくぷくと心のどこからか沸き上がってくるこの落ち着かない感覚をどうしても我慢することができずにいた。
フライフィッシングに始まり、もう一度フライフィッシングを根本からやり直そうとしている私にとって、春は正に輝く季節に思われた。
渓流でのフライフィッシングのテクニックを原点から見つめ直し、湖でのダブルフォール&ロングキャストのテクニックを大きなテーマとして未来像が、私の脳裏にはっきりと描き出されるのだった。
4月10日、A氏と私は家族を連れて、福岡県八女市から山沿いへ登った日向神ダム上流の御側川を訪れた。
すがすがしい気候に誘われて、私たちはハイキング気分で川原へ下り、早速お弁当を広げた。
子ども達も大はしゃぎである。
目の前に広がるプールで子ども達にルアーの扱い方を教え、その後付近を、私はフライで探ってみることにした。
20m程上流へ歩くと、小川の小さな落ち込みに一本の杉の丸太が倒れかかっているポイントを見つけた。
丸太の下は鏡になっていて、ここしかないという絶好のポイントなのだが、少々狙いにくい。
上方からのアプローチはできず、サイドからのキャストに懸けるしかない。
水面から丸太までの幅は約30cm。
できるだけ丸太の奥へ一発でフライを落としたい。
先端のフライに全神経を集中させた。
4番ロッドでのサイドからのファーストキャスト。
フライは見事に丸太の下をふわりとくぐり抜け、鏡の端に柔らかい着水をみせた。
その瞬間、鏡を壊して14番のドライフライに飛びついてきた奴は、20cmのあどけない表情をしたニジマスだった。
池田湖で釣った魚とは決して同種だとは思えなかったけれど、予め描いた青写真通りに事が運んだ時のフライフィッシングは、格別の喜びを与えてくれるものである。
その後、同サイズのニジマスを一匹と、百円ライターのようなヤマメを3匹リリースして、休日の午後のひととき、穏やかに過ぎていった。
再び、A氏と私が御側川へ足を運んだのは、ゴールデンウィーク明けの静かな休日だった。
ナーバスな川の魚たちが、ひっきりなしに踏み荒らすウェーディングシューズの騒音公害から安定を取り戻す頃を選んで、私たちは釣りに出かけた。
前回は家族同伴でのビクニックという意味合いからも、釣りにだけ集中することはできなかった。
その割には魚たちとは十分に楽しめたし、堰堤下には必ずと言っていいほどニジマスが泳いでいた。
そこで今回は、御側川下流や本流の太い流れに目を向け、サイズを期待しての釣行となった。
だが、欲を持った時ほどうまくいかないのが、これまでの私の釣りなのかも知れない。
ワンキャスト、ワンフィッシュを目標に、慎重なフライ選択から、ポイントの見定め、ドラグを回避したソフトなプレゼンテーションを私は心がけた。
一向に魚の姿さえ確認することができないまま、日は見上げるほど高い所へと昇ってしまっていた。
A氏も、ルアーに全く反応のないまま午前の釣りを終えようとしていた。
本流へ入り込む小さな沢で小型のヤマメをやっと手にすることができたのだが、彼の表情に疲れの色が滲み出ていた。
この頃のA氏の釣りは、非常に躍動的でフロンティアに富み、誰も知らない近場のポイントを自分で開拓する等、谷川を釣り上る姿も豪快そのものであった。
藪をかき分け好ポイントを求め、滝壺や堰堤が行く手を遮ろうとも、引き返すことなく高巻きを繰り返し、決して彼は後ろへ下がることを知らなかった。
よって、幾度となく私は、水の中でひっくり返る彼の姿を目撃し、心配し、そして時には大笑いするのだった。
つまり、彼の後ろ姿に、魚を追い続ける執念を、私は強烈に感じさせられていた。
元々海釣りを愛好していた彼のフィッシングスタイルには、「食える魚しか釣らない」という、ただひとつだけのポリシーがあった。
だから、いくらそれとなくバスフィッシングを誘っても見向きもしない。
かといって、渓流での乱獲を平気でやっている人ではなく、常にリリースを念頭においた釣りを、彼は展開しているのだった。
さて、朝早く寝不足の瞼を擦りながら家を出た私たちに、徐々に疲労のピークが訪れた。
私たちは一旦車に乗り込み、食堂ののれんをくぐり、空腹と疲れを癒した。
こんな時、同じようなフラストレーションを感じている二人の口から出てくる言葉は、なぜか似通っていた。
「連休の時、釣られてしまったか、荒らされてしまったから釣れないんだ」「下流は、生活排水が流れ込んでいるからダメなんだ」「今日は、天気が良すぎて水温が上がりすぎているんじゃないか」そして、落ち込みが激しくなると、こんな言葉さえ飛び出してくる。
「今日は日曜日だから、魚も休みなんじゃないか?」こうして、慣用句のように交わす言葉を冷静に並べてみると、何の科学的根拠もないことが良く分かる。
食堂で腹いっぱい、うどんとにぎり飯を空腹の胃の中に詰め込み、私たちは多少リラックスした気分で御側川へ向かった。
川沿いの県道をゆっくり進むと、所々に車が駐車していて、釣り人の姿が見える。
川の状態ではなく、釣り人の存在を考えたポイント選びが重要になってくる。
せっかくの楽しい遊びにトラブルは禁物である。
そして私たちは、しばらく川沿いの県道を上ったり下ったりしながら、誰もいない好ポイントをやっと見つけ、谷川へ下りた。
川へ下りるとすぐ目の前に大きな淵が二ケ所連続して続いている場所にぶつかった。
よく見ると、奥の淵の上には、林道へ続く小さな橋がまたがっていて水中へ陰を落とし、水深も結構あり、魚の気配がしてならない。
私は心の中で「ここしかない」と呟き、まずは手前の淵へそっとドライフライをキャストした。
二投目だったと思う。
左側の穏やかな流れに14番のエルクヘアカディスを漂わせながら20〜30・フライが動いた時、ゆっくりと潜水艦のように浮上してきた大きな魚が、私のエルクを簡単に吸い込んだ。
「何だ!」と思って、反射的に合わせると、大きな魚がほとんど抵抗することもなく素直に私の足元へ寄ってきた。
見たこともないくらい色あせた体色に痩せた同体。
フライロッドを曲げるパワーもなく、見るからに年老いた尺物のヤマメだった。
私は、奇妙な魚とフライロッドを砂地に並べ、記念写真を写すと、橋の下の絶好のポイントへ移ろうとしていた。
ところが、一瞬のすきを逃さず二人の餌釣り師が、橋の上から竿を出し、私が楽しみに狙おうとしていたポイントへ釣り糸を垂れている。
A氏と私がすぐ下流から釣り上っている姿を知っているくせに、二人の男のマナーの悪さには、空いた口も塞がらない。
「そこまでして、釣りの何が楽しいのか!」と、怒鳴りたくなる。
その後、私たちは場所を変え、4〜5匹の百円ライターのような可愛いヤマメをそっとリリースし、この日の釣りを終えた。