待ってろよ、魚たち。
著:たくみ けいすけ
 
1993年
 第64話 鹿川
写真011フライフィッシング関係の雑誌に紹介され、是非一度訪ねてみたいと前々から考えていた川、それが宮崎県北部を流れる五ヶ瀬川の支流「鹿川」である。

周りを巨石の山々に囲まれた自然林の緑が風景を彩り、今まで私が訪れた渓谷とは少々趣が異なる巨大な一枚岩の上を水は滑るように流れ、白っぽい岩の間からわき出す水は限りなく透き通り、下へ下へと落ちていく。

讃美する形容詞をいくつ付けても付けきれないほど、鹿川は最高の美を有する川である。

A氏に鹿川の写真を見せると、二家族でキャンプを兼ねて訪れてみることに、とりあえず話がまとまった。

8月4日〜5日にかけて私たちは鹿川を初めて訪れた。

景色が私たちの目を釘付けにしたのは言うまでもない。

特に、渓谷の美しさは他に類を見ないほど素晴らしく、私の釣り心をかき立てた。

キャンプ場に到着すると、私たちは駐車場の草地に急いでテントを張り、A氏と私だけは徒歩で谷川へと向かった。

中型のヤマメやマゴチを3〜4匹釣り、夕食のおかずにキープすると、いつの間にか暗くなり、私たちは急いでキャンプ場へ戻った。

無数に輝く美しい星空と涼しい空気に包まれ、この晩、私たちは鹿川のことを一時忘れて語り合った。

写真012大人だけでなく、子ども達にとっても鹿川はいろんなことを与えてくれたらしく、一日中大はしゃぎだった。

すぐ近くの小川で水遊び、探検、空き地での鬼ごっこ、そして最も気に入ってくれたのが、夜の昆虫採集だった。

キャンプ場には、小道を照らす外灯が数本立っていて、その光をめざして、夜になると珍しい虫たちが集まってくる。

クワガタや甲虫を捕まえた時の子ども達の表情は、喜びに溢れていた。

幼い頃の思い出が蘇り、大人の方もつい嬉しくなってしまう。

その後私たちは、年に一度のペースで鹿川を訪れた。

魚影は決して濃いとは言えないが、渓流を取り巻く自然の深さには、私たちを魅了して止まない何かが隠されているのである。

鹿川の夏は、私の身体の中を爽やかな風となって流れ、ぎすぎすした日々の生活の中にある歪みを払拭させてくれるように思えるのだった。

さて、秋から冬にかけ、私は特別に興味を引く釣り場を発見することもなかったので、例年のように近場の野池、ダム、筑後川下流等でキャストを繰り返し、大した結果も納めきれず、この年の釣りを終わりを迎えようとしていた。

川や湖でフライロッドを手に取り、いい加減なキャストをせず、ラインループとパワー、シューティング、アプローチ等、頭と身体をできる限り機能させたフライフィッシングを私は心がけてきた。

まだまだ自分のキャスティングに不満は残るのだが、容易に克服できないのが課題であり目標であると考えながらも、自宅のリビングを飾る剥製の思い出をつい辿ってしまう私だった。

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