待ってろよ、魚たち。
著:たくみ けいすけ
 
1995年
 第67話 フィッシュオン
写真017釣りに出かける回数は半減し、相変わらず、なかなか魚の姿さえ確認できない釣行が続く日々を、私は送っていた。

閉ざされたままの冬の江川を、私はどうしても打ち破ることができなかったし、春の渓流を訪ねても、なかなか満足のいく魚を釣ることができずにいた。

フライフィッシングオンリーを誓い、釣れない釣りが一層釣れなくなり、他人には釣りの話ができないほど、私は悲惨な状況にあった。

確かに、フライキャスティングのテクニックを磨くのは、自分にとって大変重要なことだと思うのだが、一方、魚を釣ることだって忘れたくない。

何も釣れない日々は半年以上続き、やっと魚の手応えを感じることができたのは、K氏と共に山神ダムへブラックバスを釣りに出かけた夏のある日の早朝だった。

前日の夕方から夜にかけての雨は、気温と水温を低下させ、次の日の朝は絶好の釣り日和となった。

暗い朝、私はK氏宅へ立ち寄り、彼を乗せて釣り場へと急いだ。

バスフィッシングを飲むK氏は、江川ダムで待望の一匹を手にして以来、ブラックバス関係の雑誌や釣具には非常に詳しく、私よりもずっと深く精通していた。

私と彼は、まだ眠っている脳を目覚めさせようと雑談を交わしながら、ブラックバスの棲むダム湖をめざした。

草むらをかき分け、私たちはフラットな場所に立ち、薄暗い水面を眺めた。

風はなく、辺りを白いもやが包んでいる。

遠くから時々魚たちのライズする音が聞こえてくる。

ブラックバス特有のガバガバッと大きな口を開け、小魚を必死に捕食しようとする音が辺りに響きわたっている。

私は早速、9フィートの7番ロッドにウエイトフォワードのイエローをガイドに通し、自慢のホッパーフライを結びつけ、気持ちよいロングキャストを繰り返した。

K氏は、ベイトキャスティングリールの先にスピナーベイトを強く縛り、キャスティングを重ねた。

一時間ほどのんびりとした時を過ごした私たちは、お互い仲良く2匹の魚をヒットさせ、じりじりと正面から差し込む熱い太陽の光を避けるようにして、ダム湖を後にした。

この年初めての、私たちのフィツシュオン。

5日後私は、フラットビームの8番シューティングヘッドにフライを縛りつけ、軽いロングキャストでブラックバスをヒットさせ、楽しいフライフィッシングを展開することもできた。

息子たちと共にしたバスフィッシングでも、私のフライフィッシングは冴えわたり、初めて彼らの目の前で数匹のブラックバスをキャッチすることができたのだった。

よっぽど魚が釣れたことが嬉しかったのだろう。

次男は、釣れたブラックバスをどうしても家へ持って帰りたいと強く私にせがんだ。

水と魚を入れたビニール袋は結構重く、私は汗びっしょりになりながら、息子たちの喜んでくれる顔を思い浮かべながら車へと急いだ。

フィッシュオン。

写真018私のフライフィッシングにとって、これほど鈍く心に響く言葉は他にない。

また、「フライフィッシングは全てのプロセスを楽しむ釣りである」と言われ続けてきた。

様々な条件に左右されることなく、自らの力で何とかしなければならないタイイングやキャスティングについては、フライフィッシングを愛する者なら誰だって努力を惜しまないところだろう。

だが、フライフィッシングの最終プロセスを、フィッシュオンであると考えるならば、私の場合どうしても不満が残る。

つまり、私のフライフィッシングのプロセスのどこかに誤りが生じていると冷静に考えなければならないのかも知れない。

また、フライフィッシングに限らず、釣り一般において、自然条件をベースとしてその全てが成り立っていることは言うまでもない。

つまり、季節、天候、気温、水温、水の濁りや流れ、風の向き等が、まず釣りの基盤をなし、その上にフライフィッシングのプロセスを重ね、そしてお互いが複雑に絡み合い、喜びと感動のフィッシュオンへと到達できると私は考える。

よって、どのように分析し、判断し、どう実行するかが大切なフライフィッシングの要素であると言えるだろう。

少々、考え過ぎかもしれないが、適当にフライを結び、適当にキャストして魚が釣れても、果たしてそれをフライフィッシングであると言えるだろうか。

そう言いながら、実際、渓流や湖の前に立つと、私はあまり難しいことを考えずに、知識よりも本能を優先させたような釣りを行っている。

満足のいくフィッシュオンを、今後実現させていきたいものである。

秋、11月。

A氏と私の家族は再び池田湖をめざした。

私の妻にとっては、生涯初めての鹿児島池田湖となった。

私にとっては、ちょうど10回目の池田湖となったのだが、A氏の家族は、多分私以上にこの地を訪ねているに違いない。

別に訪れた回数を論じたいわけでもないが、この湖は、私たちにとって随分見慣れた風景となった。

妻や幼い娘にとって、初めての南国池田湖。

息子たちは、a氏の娘たちと水辺ではしゃぎ、私は家族というつながりが嬉しく、そして感慨深く思うのであった。

今日まで私はなぜ、家族という自分自身の生活基盤をないがしろにして、家族だからこそ分かち合える喜びや楽しみに気づくことができなかったのだろう。

A氏に感謝すると共に、今後は、私を狂わせた魚たちを家族の力でヒットさせることこそ、最高の我が家の勲章であると私は思うのだった。

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